第10回 千利休×中島誠之助

織田信長、豊臣秀吉という天下人に仕えた茶聖・千利休。 古伊万里という新たな美を発見した古美術鑑定家の中島誠之助は何ものにも惑わされない信念を持って進んだ彼の姿に支えられ、 20代の頃、新しい価値観を求めて全国行脚の旅へ出かけていた。

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千利休

千利休(せんのりきゅう せんりきゅう、大永2年(1522年)-天正19年2月28日(1591年4月21日))は中世末期、戦国時代、安土桃山時代の茶人。今井宗久、津田宗及とともに茶湯の天下三宗匠と称せられた。何も削るものがないところまで無駄を省いて、緊張感を作り出すというわび茶(草庵の茶)の完成者として知られる。茶聖とも称せられる。

作品

利休はさまざまな新しい試みを茶道に持ち込んだ。楽(らく)をはじめとする職人を指導して好みの道具を作らせるとともに、みずからも茶室の設計、花入・茶杓の製作など道具の製作にも熱心であった。紹鴎の時代にあってもまだ煩雑であった茶会の形式をさらに簡略化するとともに、侘び道具を製作・プロデュースして、多くの支持者・後継者に恵まれたことが、利休を侘び茶の完成者と言わしめる由縁である。

  • 茶室・待庵 : 京都府大山崎町所在。利休作といわれる。国宝。
  • 黄金の茶室 : 豊臣秀吉の命により製作。
  • 書状「武蔵あぶみの書(織部あて)」「末吉勘兵衛宛書状」「松井佐渡守宛書状」など
  • 書状「寄進状」
  • 書「孤舟載月」
  • 竹花入「園城寺」「尺八」「夜長」
  • 茶杓「なみだ」「面影」

中島誠之助

中島 誠之助(なかじま せいのすけ、1938年3月5日 - )は、日本の骨董商・古美術鑑定家、エッセイスト、テレビタレント。骨董屋「からくさ」の店主。なお、「からくさ」は2000年に閉店し、店舗営業はしていない。

『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京)に鑑定団の鑑定士としてレギュラー出演。たとえ鑑定した結果価値の低い物であっても、意匠などを褒め「大事にしてください」と依頼者に語りかけるなど、細やかな心遣いを見せる。決めセリフの「いい仕事してますね」で1996年度の「ゆうもあ大賞」を受賞。この決めセリフは鑑定以外の様々な場面やゲスト出演時にリップサービスとして良く使われ、中島誠之助の代名詞と言える。

古伊万里磁器を世に広め、中島の鑑定によって「日本の古伊万里鑑定額の相場が決まる」といわれている。

陶磁研究家で戸栗美術館評議員の中島由美は娘。剣劇女優の浅香光代は遠縁の親類(ただし血の繋がりはない)。

経歴

東京都港区青山に生まれる。 1歳の時、両親の病死のため、神奈川県鵠沼の親族宅に移住。その後東京都世田谷区二子玉川に移住。小学3年の時東京都港区赤坂で育った。

東京の芝学園高等学校を経て日本大学農獣医学部水産学科(当時)卒業後、当時は困難だった世界旅行をするため、マグロ漁船に乗り込む。その時稼いだ70万円(当時)は飲み代などで消えたらしい。

1960年から骨董商として古美術鑑定に従事。鑑定技術は骨董商だった伯父(養父)仕込みである。

30歳のときに独立し、1976年東京の南青山に古伊万里染付の専門店「からくさ」を開店。古伊万里磁器を世に広める。1979年には「南青山骨董通り」の作詞を担当して、作曲・飯田二郎、唄・真咲みどりで1980年にキングレコードからリリースした事から東京・青山の「骨董通り」の名付け親といわれる。

「開運!なんでも鑑定団」に1994年4月19日の放送開始当初からレギュラー出演し、歯切れのよいトークで人気者となり現在も出演中。現在は、本業以外でもタレント業や講演等でも活躍。

アニメ作品「ルパン三世 炎の記憶〜TOKYO CRISIS〜」や「ズッコケ三人組〜怪盗X物語〜」にも声優としてカメオ出演している。

グッチ裕三がハッチポッチステーションの中で、中島をパロディ化したキャラクター「高島裕之助」を演じている。

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